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「つい今日まで挨拶にも行かずじまひになつてね、どうも済まなかつた」
「ほう、この家鴨あひるの嘴みたやうな金具は、こりや何かな。ほう、こりやよく光る小刀だな。こんなに何本も何に使ふのかな」
房一はむつつりとしたまゝ答へた。
「さうだな、相沢の先代はひどく知吉さんを毛嫌ひしていたさうだな。だが娘がくつついているから仕方がないといふわけでね。――だから、甥にあたる喜作さんを養子にして、それに老後をかゝるつもりだつたのだらう。その時、喜作さんの方に財産を分けたんだよ。ところが、娘が男の子を産んだ。今の市造といつたかな。嫌ひな知吉の子でも、孫にはちがひない、孫は可愛いゝといふわけでね、喜作さんにはそのまゝ財産をつけて神原の方へ籍をもどしたんだな。――それを今かへせといふわけよ」
「――へえ、まだお帰りぢやないのかね」
今頃になつて、男はさう訊き、盛子がそれに答へる前に、ひとりでうなづいていた。
「閉口でしたな」
「え?いや、居ましたよ、居ましたけど、別に――」
房一は面喰つて、ぽかんと口を開けた。
「まさか!」
「何分ごらんの通りの未熟者でして――」
「そんなことができるもんかねえ」
それを今又さつぱりとやつてしまつたのだ。髯のなくなつた彼の顔は、ずつと前のそれに逆戻りはしないで、病後の面変りも手つだつて、その円つこい縮ちゞかんだ輪郭が何かしら小さく、愛くるしげに見えた。